桜の怪しげな力って、あるよね
昔のちょっとした思い出。桜が咲くと、フッと思い出しては、いやいや、と振り払う思い出。
30代の私。残業で23時すぎに帰宅。何もする気無く、散らかった部屋にスーツのまま座り込む。コンビニ弁当かっ食らう。うとうとする。
ピチョン(メール着信音)
〈飲むかい?〉
待ってました!いや、待ってない。たまにしか誘わないくせに。こんな時間からわざわざ行くもんか。知らんぷり。
数分後。
〈行く〉
わざわざ着替えて小走りする。少し坂になった公園の入口で買い物袋さげた奴が手を上げた。
「よ、暇人」
「そっちこそ」
缶ビールを手渡され、夜桜の回廊を渡る。おそらくさっきまで花見で混雑していただろう。照明は薄暗く、なまぬるい風が吹く。時々花びらが舞い散る。
いつもはアホな話、エッチな話、仕事のグチで盛り上がるのに、なんだか静か。静かすぎるのも気まずい感じ。
「あー、えっと、桜の短歌、あれ好きだったんだけど、西行の歌。知ってる?
願わくば 花の下にて春死なむ……」
「……その如月の望月のころ だろ」
ズキュン。
ドキドキしてしまった。桜のせいか、ビールのせいか。それを隠すように私は饒舌になり、2人はロング缶2本ずつ飲み干した。
俺明日早いんよ。じゃ、またね。
えーーー!
それならそうと、早く言ってよ!何かがあふれそうになった。私は怒ったように坂道を小走りで、でも千鳥足で家路についた。玄関に入るとバッグを乱暴に床に叩きつけた!
もうがまんできないよ。
おしっこ、セーフ。
福岡はすでに満開の木もありますよ。今日仕事帰りにパチリ。
西行の歌は、春の満月に桜の木の下で死にてえよな。という意味。多分。